なぜあの地域は「自転車天国」なのか?|国内外4地域に学ぶ、日常に溶け込む仕組みと成功の鍵

連載:自転車の再発見

サイクルツーリズム|地域活性化|観光DX

旅先で、「自転車でこの地域を巡ってみたい」と思ったことはありませんか。

通勤や通学、買い物に自転車を使う人が多い街。観光客が自転車で地域を巡り、飲食店や観光スポットへ自然に立ち寄る地域。そうした場所では、自転車が特別なレジャーではなく、暮らしや旅の一部として定着しています。

では、なぜ特定の地域では、自転車がこれほど自然に選ばれているのでしょうか。

理由は、単に「平坦で走りやすい」「景色がきれい」といった地形や観光資源だけではありません。安全に走れる道、迷わない案内、立ち寄りやすい場所、困ったときの支援、そして自転車を地域の移動手段として受け入れる文化。これらが一つにつながって、初めて「自転車で移動したくなる地域」が生まれます。

今回は、しまなみ海道、長野県飯山市、北海道美瑛町、オランダ北部の都市フローニンゲンを取り上げ、自転車が地域に根づく背景と、地域づくりに生かせる成功の鍵を探ります。

この記事の結論

自転車が地域に根づく鍵は、景色や道だけではありません。「走る・立ち寄る・休む・帰る」までを、地域の魅力とともに設計することで、暮らしにも旅にも選ばれる移動手段になります。

目次

「自転車天国」は、走りやすい道だけでは完成しない

自転車を借りてから道を走り、地域に立ち寄り、休憩して公共交通で帰る一連の体験

自転車を活用した地域づくりというと、最初に思い浮かぶのは自転車専用レーンやサイクリングロードかもしれません。もちろん、安全な走行空間は欠かせません。しかし、道を整備しただけで自転車利用が広がるとは限りません。

利用者が安心して自転車を選ぶには、次の体験が切れ目なくつながっている必要があります。

  • 自転車を借りる、または持ち込める
  • 安全で分かりやすい道を走れる
  • 観光スポットや店舗へ迷わず行ける
  • 自転車を安心して停められる
  • 休憩や修理ができる
  • 鉄道やバスなど、ほかの交通手段と組み合わせられる

つまり、自転車に強い地域とは、一本の優れた道路がある地域ではなく、「走る・立ち寄る・休む・帰る」という一連の体験が設計されている地域です。

国内外4地域に見る、自転車が根づく仕組み

1.しまなみ海道|絶景を「迷わず走れる体験」に変えた

瀬戸内海の島々を結ぶしまなみ海道のブルーラインを走るサイクリスト

広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道サイクリングロード」は、日本を代表するサイクリングルートです。全長約70kmのルートは、瀬戸内海の島々を橋でつなぎ、海峡を横断しながら走れることが大きな魅力です。2019年には、国のナショナルサイクルルートに指定されました。

しまなみ海道の強みは、絶景だけではありません。道路には推奨ルートを示す「ブルーライン」や距離表示が整備され、初めて訪れた人でも進む方向を判断しやすくなっています。沿線にはレンタサイクル拠点、休憩所、宿泊施設などもあり、走行中の不安を減らす受入環境がつくられています。

ここから学べるのは、地域資源の魅力を「体験できる仕組み」に変えることの大切さです。景色のよい道があっても、入口が分からない、ルートに迷う、休憩場所が見つからない状態では、初心者や観光客には選ばれにくくなります。

しまなみ海道は、道・案内・休憩・宿泊などを一体で整えることで、「一度走ってみたい景色」を「実際に走れる旅」に変えた事例といえます。

2.長野県飯山市|E-BIKEと広域連携で、地形を魅力に変える

飯山駅を起点にE-BIKEとデジタルマップで広域を巡るサイクルツーリズム

長野県飯山市を中心とする「信越自然郷」は、長野県と新潟県にまたがる9市町村の広域観光圏です。山や高原、湖、温泉など、多様な地域資源に恵まれている一方、起伏が大きく、冬は雪に覆われるという、自転車利用には決して簡単ではない条件もあります。

そこで飯山市は、「E-BIKEの聖地 信越自然郷 飯山エリア」を掲げています。電動アシストの力を活用すれば、坂道や距離への不安を減らし、体力に自信のない人も地域の奥へ足を延ばしやすくなります。

北陸新幹線の飯山駅には「信越自然郷アクティビティセンター」が設けられ、旅の起点として機能しています。また、信越自然郷ではサイクルツアーに帯同するサポートバスも導入。体調不良や自転車のトラブルに対応できるほか、自転車や荷物を積載し、区間に応じてE-BIKEへ乗り換える使い方も想定されています。

飯山市の事例が示しているのは、坂道や広いエリアを「自転車に不向きな条件」として諦めるのではなく、E-BIKEや公共交通、サポートサービスを組み合わせることで、新しい旅の価値へ転換できるということです。

さらに、一つの市町村だけで完結させず、複数の地域がルートや情報、受入体制をつなぐことで、旅行者の行動範囲と滞在時間を広げることにもつながります。

移動手段を整えた先に必要な、「巡りたくなる情報」

飯山市のように、地域の見どころが広い範囲に点在するエリアでは、E-BIKEや公共交通で移動しやすくすることに加え、「どこを走り、どこに立ち寄るか」を分かりやすく届けることも重要です。知られていない景色や店舗、文化スポットがあっても、その情報が旅行者に届かなければ、実際の回遊にはつながりません。

そこで活用できるのが、地域の魅力を発見・共有できるサイクルツーリズムアプリ「SEEKCROW(シークロウ)」です。SEEKCROWでは、地域が設計した周遊ルートや観光スポットを地図上で確認できるほか、利用者が走行ルートを記録し、写真付きでスポットや体験を共有できます。

地域側が届けたい情報と、利用者が実際に走って見つけた魅力が一つのアプリに蓄積されることで、次に訪れる人の「ここへ行ってみたい」というきっかけが生まれます。E-BIKEなどの移動手段とデジタル上の案内を組み合わせれば、点在する地域資源を一つの周遊体験として届け、地域の奥への回遊や立ち寄りの増加につなげることができます。

3.北海道美瑛町|美しい景観と安全な周遊を両立する

美瑛町の丘陵景観を安全な案内に沿って自転車で巡る旅行者

北海道美瑛町は、「パッチワークの丘」に代表される雄大な農業景観で知られています。自転車は、車では通り過ぎてしまう風景や、季節ごとの空気、畑の広がりをゆっくり味わえる移動手段です。

一方で、丘陵地ならではの坂道や、道幅が狭い場所、住民の生活道路と観光客の走行ルートが重なる場面もあります。魅力的な景観があるからこそ、観光客の増加と地域の日常をどう両立するかが重要になります。

美瑛町は2023年に「美瑛町自転車活用推進計画」を策定し、サイクルツーリズムによる周遊観光や交流人口の拡大と、安全な利用環境の整備を一体で進めています。計画には、道路標識や路面表示の見直し、観光スポットへのサイクルスタンド設置、サイクリングマップの整理・電子化、利用者のレベルに応じたルート案内などが盛り込まれています。

特に注目したいのは、「自転車で来てもらうこと」だけでなく、観光客が安全に走り、地域のルールを理解できる仕組みまで検討している点です。

美瑛町の事例からは、サイクルツーリズムを持続させるためには、観光振興と同時に、住民の安心や景観の保全を設計する必要があることが分かります。

4.オランダ・フローニンゲン|自転車のほうが便利になる都市設計

自転車優先の道路と駐輪環境が整うオランダ・フローニンゲンの日常

オランダでは、自転車はレジャー用品ではなく、日常の交通を支える存在です。オランダ政府によると、国内には約3万5,000kmの自転車道ネットワークがあり、移動全体の4分の1以上を自転車が担っています。

なかでも北部の地方都市フローニンゲンは、自転車を中心とした街づくりで知られています。同市では1970年代から歩行者と自転車を優先する政策を進め、1977年には中心部を自動車が通り抜けにくくする交通循環計画を導入しました。

市内には自転車レーンや自転車向けの信号が整えられ、自転車が目的地まで速く、簡単に移動できるよう設計されています。一方で、駐輪場所や駐輪可能期間にはルールがあり、歩行空間や街の景観を守る管理も行われています。

重要なのは、「環境にやさしいから自転車に乗りましょう」と呼びかけるだけではなく、自転車を実際に便利な選択肢にしていることです。安全で、早く、停めやすい。そうした環境が長年積み重なった結果、自転車を使う行動が文化として定着しています。

4地域の違いから見える成功のポイント

※表は横にスクロールしてご覧いただけます。

地域 地域の特徴・課題 主な取り組み 成功のポイント
しまなみ海道 島々を結ぶ長距離ルート ブルーライン、案内、休憩・宿泊・レンタサイクル拠点 初めてでも迷わず走れる体験設計
長野県飯山市 起伏、広域観光、豪雪地域 E-BIKE、駅を起点としたサービス、9市町村連携、サポートバス 地形や距離の壁を移動サービスで補う
北海道美瑛町 丘陵景観、生活道路と観光動線の共存 標識・路面表示、駐輪環境、マップの電子化、難易度別ルート 観光振興と住民の安全を両立する
フローニンゲン 都市の日常交通 自転車優先の都市設計、専用レーン、信号、駐輪管理 自転車を「最も便利な選択肢」にする

4地域に共通しているのは、自転車そのものを目的にするのではなく、地域の景観、暮らし、観光、公共交通、店舗などを自転車でつないでいることです。

自転車が地域に根づく5つの成功の鍵

自転車が地域に根づくための移動、情報、立ち寄り、安全、データ活用の5つの鍵

「一本の道」ではなく、移動全体を設計する

自転車で走れる区間だけでなく、借りる場所、停める場所、休憩場所、帰りの交通手段まで含めて設計することが必要です。鉄道駅や道の駅を起点にすると、公共交通と自転車を組み合わせた周遊をつくりやすくなります。

迷いや不安を減らす情報を届ける

観光客にとって、距離だけではルートの難しさを判断できません。勾配、所要時間、路面状況、交通量、休憩場所、トイレ、修理拠点などを分かりやすく示すことで、安心して出発できます。

路面表示や案内看板に加え、スマートフォンで現在地や周辺スポットを確認できる仕組みがあると、現地での行動をさらに支えられます。

地域の立ち寄り先とつなぐ

自転車で地域を巡ってもらう目的は、走行距離を伸ばすことだけではありません。飲食店、直売所、温泉、文化施設、景勝地などへ自然に立ち寄れるルートをつくることで、滞在時間が延び、地域内での消費も生まれます。

大切なのは、有名スポットだけを線で結ぶのではなく、地域の人が知る小さな魅力も旅の体験として届けることです。

住民と観光客の双方にとって安全な環境をつくる

観光客の自転車利用が増えるほど、生活道路での接触や交通ルールの違いが課題になりやすくなります。走行ルールの多言語案内、危険箇所の周知、推奨ルートへの誘導など、地域の暮らしを守る視点が欠かせません。

自転車施策を長く続けるには、観光客の満足度だけでなく、住民が安心して受け入れられる状態をつくることが重要です。

利用データと声を、次の改善につなげる

どのルートが選ばれたか、どこで立ち寄りが生まれたか、どの場所で迷いやすいか。走行データやアンケートを活用すれば、案内の追加、ルートの見直し、施設配置、情報発信などの改善につなげられます。

自転車施策を一度きりのイベントで終わらせず、データをもとに更新していくことが、地域に定着させる鍵になります。

日本でも進む、自転車を「地域の移動」にする取り組み

自転車と鉄道やバスをつなぎ、地域の移動を支える日本のまちづくり

2026年5月に閣議決定された国の「第3次自転車活用推進計画」では、自転車を単なる移動手段ではなく、人と地域をつなぎ、生活の質や地域の持続可能性を支える社会基盤として位置づけています。

計画では、自転車通行空間の整備延長を、2024年度速報値の9,841kmから2030年度に1万2,000kmまで広げる目標が示されました。また、観光分野では、自転車を二次交通や地域内周遊の手段として活用し、滞在型・回遊型観光と地域経済の循環につなげる方向性が打ち出されています。

これからの地域に求められるのは、サイクリストだけに向けた特別なコースをつくることではありません。住民の日常移動、観光客の二次交通、健康づくり、環境負荷の軽減を一つの施策としてつなぎ、「自転車を選びやすい地域」を育てていくことです。

自転車で、地域の魅力を「旅の体験」として届ける

自転車天国と呼ばれる地域に、共通する地形はありません。

海を渡るしまなみ海道、雪国で山に囲まれた飯山市、丘陵景観が広がる美瑛町、日常交通として自転車を優先するフローニンゲン。それぞれ条件は異なりますが、地域の特徴に合わせて、自転車を使いやすくする仕組みを積み重ねています。

成功の鍵は、立派なサイクリングロードを一度につくることだけではありません。既存の道や公共交通、観光スポット、店舗、デジタル情報をつなぎ、利用者の不安を一つずつ減らすことから始められます。

自転車は、点在する地域資源をつなぎ、移動そのものを旅の体験に変えられる乗り物です。地域の人には暮らしやすさを、訪れる人には新しい発見をもたらす。そんな仕組みが育ったとき、自転車は地域の日常に溶け込み、その土地ならではの「自転車天国」が形づくられていくのではないでしょうか。

参考資料

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