自転車をどう教えているの? 道路管理から考えるデンマーク式自転車教室

目次

なぜ今「デンマーク式自転車教室」なのか

近年、「デンマーク式自転車教室」という言葉を、自治体の交通安全イベントや関連施策の中で目にする機会が増えています。こうした取り組みは一見すると教育分野の話題に見えますが、実際には自転車利用者が道路をどう認識し、どう振る舞うかという点で、道路管理や交通環境整備とも無関係ではありません。一方で、この言葉が何を指しているのか、どのような教育内容なのかは分かりづらく、疑問を持つ担当者も少なくありません。

「どうやら海外の先進事例らしいけど、具体的に何をしているの?」
「日本の道路環境でも参考になるの?」

本記事は、日本の自転車教育を否定するものではありません。デンマークで行われている自転車教育の考え方を整理し、日本の文脈で、道路管理の観点からどこが参考になり活用できるのかを紐とこうと思います。

今回の記事にあたり、gravbicycleさんから長野県岡谷市で開催された
デンマーク式自転車教室の写真をご提供いただきました。ありがとうございます!
子どもたちの様子から遊びながら学ぶが伝わったらうれしいです


用語整理|デンマーク式自転車教室とは?

デンマーク式自転車教室は、デンマーク国内で使われている正式な制度名ではありません。日本では主に、デンマークの自転車教育の考え方を参考にした体験型プログラムを指して、この言葉が使われています。多くの場合、その背景にあるのは、デンマーク自転車連盟(Cyklistforbundet)が開発したCycling Games(自転車ゲーム)20 CYKELLEGE と呼ばれる教育プログラムを指しています。

詳しくはこちらのURLをご覧ください
https://cyclingsolutions.info/cycling-children-cycle-training-and-traffic-safety/

デンマークの学校教育で行われている自転車教育

自転車は「特別な乗り物」ではなく生活インフラ

デンマークでは、自転車はスポーツやレジャーではなく、通学や日常移動を支える生活インフラとして位置づけられています。そのため、事故防止のためのルール説明だけでなく、
安全に移動するための身体感覚や判断力を育てることが教育の一部として重視されています。

Cycling Games / 20 CYKELLEGE の特徴

デンマークの自転車教育で特徴的なのが、「遊び」を通じた学習です。Cycling Games では、キックバイクや自転車を使い、ゲーム形式で以下のような力を育てます。

  • バランス感覚
  • 速度や距離の感覚
  • 周囲の動きを読む力
  • 仲間と動きを合わせる協調性

デンマークの教育現場で行われている自転車ゲームの映像。遊びながら判断力や協調性を身につけていきます。

2-3. 年齢に応じた段階的なカリキュラム

デンマークの自転車教育は、年齢や発達段階に応じて構成されています。

  • 幼児〜低学年:
    • キックバイクを使ったバランス遊び
    • 基本的な止まる・曲がる・避ける動き
  • 小学生:
    • より複雑なゲーム
    • 交通状況を想定した判断練習

日本での実施事例

日本では、デンマークの教育思想をそのまま学校教育に導入するのではなく、
イベント型・体験型プログラムとして実施されるケースが多く見られます。

自治体・イベントでの事例

  • 長野県岡谷市
    諏訪湖八ヶ岳自転車活用推進協議会(スワヤツサイクル)が諏訪圏初の試みとして4~6歳の幼児を対象にキックバイクを使用したデンマーク式自転車教室を2025年秋に開催しています。一般社団法人市民自転車学校プロジェクト(CCSP)が講師を行いました。
    >> スワヤツサイクル
  • 大阪府吹田市:公式にデンマーク式自転車教室の案内ページが存在します。
    対象:幼児〜小学校低学年
    内容:キックバイクを使ったバランス・協調性・ルールなどを体験型で学ぶ。
    >> 吹田市公式サイト
  • 神奈川県横浜市:大型サイクルイベント内での実施
    ヨコハマサイクルスタイル2025で、デンマーク式自転車教室を開催。
    キックバイクを使い、初心者でも参加できる形で開催されています。
    >> ちりりん
  • 福岡県東峰村:地域振興イベントと組み合わせた開催
    「キッズバイクレース」+「デンマーク式自転車教室」を開催した記録が県の記者発表資料にあります。
    >> 福岡県庁
  • 東京都杉並区の私立幼稚園でデンマーク式自転車教室を開催した事例が東京新聞の記事にあります。
    >> 東京すくすく
  • 自転車活用推進研究会が、デンマーク連盟の教材「20 CYKELLEGE」日本語版を公開・配布しています。

日本の自転車教育との違い

日本の自転車教育は、交通ルールの理解や安全講習を中心に構築されてきました。 これは、交通事故防止の観点から非常に重要な役割を果たしています。一方、デンマーク式と呼ばれる取り組みでは、 ルール以前の「身体感覚」や「判断力」の育成に重点が置かれています。重要なのは、どちらが優れているかではなく、 それぞれが担っている役割が異なるという点です。

5. なぜデンマークのやり方をそのまま導入できないのか

デンマークの自転車教育は、以下の前提条件の上に成り立っています。

  • 自転車インフラの整備状況
  • 交通文化や法制度
  • 教育を担う人材の存在

日本ではこれらの条件が異なるため、 同じプログラムをそのまま導入するのは現実的ではありません。

自治体で活かすために仕組みを翻訳しよう

デンマーク式自転車教室の価値は、 プログラムそのものではなく、考え方にあります。自治体が「デンマーク式の良さ」を日本で活かすためのポイントをまとめます。

活用の方向性例

  • 体験型イベントとしての実施
  • 観光イベント・地域行事との連携
  • 防災教育や地域学習との組み合わせ
デンマーク式の要素日本での翻訳・活用の方向性期待される効果
Cycling Games(遊び)体験型イベントとしての実施

例:すいたフェスタ
  サイクルスタイル
幼児〜低学年への公道デビュー前の基礎スキル・安全意識の醸成。
生活インフラとしての自転車地域活動・観光・防災との接続。移動手段としての自転車の社会的役割を子どもたちに理解させる。
学校教育との連動NPO・民間団体との連携による指導員の確保と、イベントの継続性。警察・学校任せではない、地域全体での安全教育体制の構築。

何を育てたいのか目標を明確にしよう

自治体がプログラムを導入する際、何のための教育か目標を明確にすることが重要です。

  • 事故の撲滅: 従来の交通安全教室(ルール説明)を補完する形で、子どもの判断力と協調性を育む要素として活用。
  • 健康的移動の推進: 自転車移動の楽しさを伝えるイベントとして、親子の参加を促進し、自転車利用文化の醸成を目指す。
  • 地域コミュニティの活性化: イベントを地域のお祭りや防災訓練と組み合わせ、自転車に乗れるようになること=街の一員になることと接続させる。

実施計画のポイント:持続可能な形での運用

検討事項具体的なアクション例導入時の課題と対策
担い手(指導員)NPOや民間企業(例:ワーサル、自転車販売店)へ委託。指導員向けの短期研修プログラムを設定。課題: 学校の先生や警察官の負担増加。
対策: 地域ボランティアや保護者層への指導員養成。
実施場所公園、小学校の校庭、広場のイベントスペース、廃線跡地など、車が来ない安全な場所を確保。課題: 実施場所の確保。
対策: 既存の公共施設(公民館、体育館)の駐車場を一時的に活用。
評価方法参加者アンケート(楽しさ、わかりやすさ)、スキルチェックテスト(バランス、ブレーキ、停止動作)の導入。課題: 効果測定の難しさ。
対策: 遊びの中での行動変化を観察記録するかんたんな評価シートを導入。

観光・サイクルツーリズムとの接続可能性

デンマーク式自転車教室は子ども向け教育施策ですが、視点を少し広げると、地域の自転車文化を育てる入口とも捉えられます。サイクルツーリズムが成立する地域には、共通して「自転車が特別視されていない」、「地域の人が自転車に慣れている」 という土壌があります。

デンマーク式自転車教室のような体験型プログラムは、 将来の観光客を直接育てるものではありませんが、 観光客を迎え入れる側の地域文化を、時間をかけて育てる施策として位置づけることができます。走る人だけのイベントになりがちなサイクルイベントを、ファミリー層や地域住民も関われる場へ拡張できます。

観光イベント・地域活動との組み合わせ例

  • サイクルイベント開催時のキッズ向け同時開催コンテンツ
  • 観光地でのマルシェ・フェスと併設した体験ブース
  • 親子向け観光コンテンツとしての位置づけ

防災教育との親和性

デンマーク式自転車教室で育まれる「周囲を見る力」、「とっさに判断する力」、「他者と動きを合わせる経験」は、防災教育とも親和性が高い要素です。災害時、自転車は徒歩より広域に動け、車が使えない場面でも活用できる特性を持ちます。防災訓練や地域学習と組み合わせることで、 楽しい体験からいざという時の行動力へと学びを接続させることも可能です。

まとめ|自転車を教えることは、街を教えること

自転車教育は、単に安全に走るための技術を教えるだけではありません。 それは、街の中で他者とどう関わり、どう移動するかを学ぶ機会でもあります。デンマーク式自転車教室という言葉を、 日本の地域や自治体の文脈に合わせて理解し、 無理のない形で活用していくことが、これからの自転車施策の一つのヒントになるかもしれません。

自治体での取り組み事例を募集しています

本記事で紹介したデンマーク式自転車教室に限らず、自転車体験プログラムや、交通安全・道路利用に関わる取り組みを、すでに実施されている自治体がありましたら、ぜひHaNeRiにご一報ください。

成功事例だけでなく、試行錯誤の途中段階でも構いません。自治体同士で知見を共有できる場として、本オウンドメディアでの紹介を検討させていただきます。

目次