Vol.8 自転車冒険家 小口良平さん「自転車による新しいまちづくりを提案」

今回は長野県辰野町で自転車を使った様々な活動を行っているgrav bicycle代表の小口良平さんにお話を伺いました。長野県岡谷市出身の小口さんは8年半で162カ国を巡り総距離16万kmを旅している自転車冒険家です。日本サイクリングガイド協会や諏訪湖八ヶ岳自転車活用推進協議会にも所属しており、まさにサイクルツーリズム界の巨匠です。小口さんは自転車冒険家として自らの体験をもとに新しい自転車活用のスタイルを提案しています。今回はgrav bicycleの活動や自転車活用の課題に関してお話をお伺いしました。

目次

grav bicycleのスタート

長野県辰野町では辰野市出身の建築家 赤羽孝太さんが2019年から地域おこしの一環でトビチ商店街という事業をスタートさせました。トビチ商店街は従来の商店街のように店舗が軒を連ねるのではなく、空き店舗やシャッターが閉まったままの店舗もそのままに、その間に個性的な新しいお店が点在しているのが特徴です。小口さんは2021年に収益化をはかるため合同会社トビチカンパニーを設立し、現在は grav bicycle運営しています。同会社内で、共同代表者がゲストハウス、ピザ店を運営することで、観光ビック3「飲食」「宿泊」「体験」の環境整備ができました。

小口さん 当時はコロナ禍に突入した時期でしたが、だからこそやってみようとなってスタートしました。当初は収益性は全く考えていませんでした。辰野は観光地ではなかったので、とにかく家賃が安かった。それで辰野町でスタートしました。

小口さんは2021年に収益化をはかるため合同会社トビチカンパニーを設立し、現在は grav bicycle運営している。同会社内で、共同代表者がゲストハウス、ピザ店を運営することで、観光ビック3「飲食」「宿泊」「体験」の環境整備ができた。

grav bicycleの活動

grav bicycleでは主に「観光」「環境」「健康」「教育」をテーマにした事業を行っています。行政から依頼を受けてサイクルマップを作ったり、サイクルツーリズムについて仕組み作りや、デザイン、シンポジウムでの講演を行うなどの活動なども行っています。また、自身の自転車による冒険活動の経験を活かし、自転車まちづくりガイドを養成するスクール「grav bicycle school」や自転車に乗ってキャンプを行う「grav bicycle camp」、店舗でのレンタルサイクルや自転車整備「grav bicycle station」など多岐にわたる自転車に関連する取り組みを行っています。

自転車冒険教育 grav bicycle campの様子

自転車冒険教育 「grav bicycle camp」

grav bicycleでは小中学生を対象に7人程度の人数で1週間〜10日間の教育ツアーgrav bicycle campを実施しています。ツアーでは小口さんと一緒に自転車に乗ってキャンプをしながら全員で400km先のゴールを目指します。はじめて会う子供同士がコミュニケーションをとりながら困難を乗り越えてゴールを目指します。

小口さん 自転車+教育については海外にはもともとあったもので、日本にはあまり馴染みがありませんでした。日本の自殺率全体は年々減少傾向にありますが、逆に若年層の自殺は増えています。実は参加者の1〜2割は不登校のお子さんです。こういったお子さんに参加してもらうことにも意義があります。ただし、引きこもりなど社会との距離感があることを考慮し、段階を踏みながら徐々に慣らしていくといった丁寧な対応をしています。自転車を使った教育は、観光とのセットでとり扱われることが多いですが、grav bicycle では観光とは切り離して実践的な教育プログラムを取り入れ、チームビルディングやリーダーシップ、グループダイナミクスを作るといった取り組みを行っています。

grav bicycle campツアーの一例

grav bicycle campのスゴいところは体力レベルや年齢に合わせて様々なプランを用意しているところです。30kmから始まり1,000kmを走破するプログラムもあります。年齢も7歳から大人まで。小口さんの自転車冒険での経験が活きています。お子様だけでなく、企業研修に取り入れてもコミュニケーションやチームビルディングの醸成に活かせそうです。

自転車によるまちづくり

自転車観光は地域に根差すための自転車文化のしくみづくりがとても大事

HaNeRi 日本では自転車のイメージが単なる移動手段としてか、競技として捉えられることが多く、観光や教育といった文脈で語られることが少ないですね。

小口さん 20年くらい前まで自転車は二次交通としての利用か競技としてしか捉えられていませんでした。しかし海外では自転車は生活の中に溶け込み、利用シーンも多岐に渡っています。日本でも自転車の利用がごく自然になるようなことができないかと考えた時に、自転車を軸として「観光」「環境」「健康」「教育」などをテーマに取り組みたいと考えました。自転車を使った新しい事業を進めると、一時は異端とみられてバッシングにされることもありました。自転車業界は競技者がトップにいて、行政が競技系イベントから徐々に観光系にシフトしていったため、よく思われていなかった。そんな状況の中MTBのオリンピック選手であった鈴木雷太さんが、自分を高く評価してくれまして。そうして徐々に理解が拡がっていきました。それにはインバウンドの影響が大きかったです。

HaNeRi 観光はインバウンド向けが中心ですか?

小口さん 短域収益を狙うならインバウンド観光に徹した方が早いのですが、地域に根差そうと思った時に、インバウンド観光だけだと、地域の人から見れば外から外国人が来て一部の関連業者だけが潤うといったことになってしまいます。サイクリングロードの原資は地域の税金になりますので、観光だけではいけない。ですので、例えば地域の人の健康増進のために自転車に乗ってサイクリングロードを楽しんでもらう、そのための仕組みづくりも大切です。

HaNeRi 自転車の利用を促進するには何が必要でしょうか?

小口さん 数年前までは日本では、車道を走っているだけでクラクションを鳴らされたましたが、海外では早くから自転車に対して寛容でリスペクトされていました。海外では自転車のインフラ作りも進んでいて、デンマークでは街の中心に行くには自転車か徒歩が便利な場所が多いです。都市型は5km以内に目的地があるとメリットが出ますが、通勤先は10km先になることが多いので自転車のメリットがでにくいです。特に地方は車中心の生活ですので、自転車利用のメリットを出すには道路などのハードインフラの整備が必要になります。

まちづくりサイクルリーダーを作る「grav bicycle school」

近年、サイクルロードの整備は着実に進んできました。しかし、その整備には億単位の予算が必要であり、地方の財政が逼迫している現状では、車を主な交通手段として利用している地域において、地元住民の理解を得るのは容易ではありません。そもそも、上下水道といった基礎的なインフラすら整っていない地域もあります。こうした困難な状況を、どのように乗り越えていけばよいのでしょうか。小口さんは、その鍵を握るのが「サイクルリーダー」だと語ります。

小口さん grav bicycleでは地域のサイクリングガイドを育成する grav bicycle schoolを毎年開催しています。grav bicycle schoolには全国各地から主にサイクルツーリズムに関わるツアーガイドが参加しています。grav bicycle schoolでは単にガイディングのいろはだけではなく、合宿型でサイクルステーションの運用、マップ制作、協議会の設立、事業委託受注、補助事業受託までサイクリングガイドに必要な全てのノウハウを学ぶことができます。このようなノウハウを学ぶことで地域のサイクルリーダーをつくります。

サイクルリーダーが地域をまとめ、サイクリングガイドが地域資源をつなぎます。スクールではリーダーを目指すサイクリングガイドを養成・育成します。

HaNeRi サイクルリーダーにはどのようなことを期待しますか?

小口さん サイクルガイドからステップアップしたサイクルリーダーの役割にはコンシェルジュとガーディアンがあります。コンシェルジェは地域の人たちを繋いて、宿泊、食事、観光などいろいろお金を落とす仕組みを作ります。ガーディアンはオーバーツーリズムにならないように行政に提案したりディレクションしたりできるような役割です。

まとめ

今回のインタビューをふりかえると、自転車普及には次のような展望が必要です。

  • 地域に根ざした自転車文化の醸成
  • 健康促進としての自転車利用の拡大
  • 観光から地域住民の利用へと広がる自転車活用
  • 自転車インフラ整備への行政の理解促進
  • デジタル技術を活用したデータ収集と分析

小口さんとお話をするといくら時間があっても足りない気がしました。それは小口さんの長年にわたる冒険活動や自転車の普及活動の賜物ではないでしょうか。HaNeRiではこれからもgrav bicycleさんと連携しながら自転車の利用促進に努めていきたいと思います。

インタビューにご協力いただきありがとうございます!

小口良平さんのプロフィール

自転車冒険家&自転車旅行研究家(サイクルアドバイザー) 
長野県岡谷市出身 2児のパパ
世界162カ国、約8年半、約15.9万km自転車走破(国内歴代1位記録樹立)
grav bicycle 運営代表
・諏訪湖八ヶ岳自転車活用推進協議会(代表)
・Japan Alps Cycling Project(長野県サイクルツーリズム推進協議会)(副代表)
・合同会社トビチカンパニー (共同代表)
・一般社団法人◯と編集社理事 (理事)

参考情報
grav bicyclehttps://gravbicycle.com/
トビチ商店街https://tobichi.jp/

目次